虚仮

AM4:00。新雪にうっすらと覆われ、刷毛で撫でたような風の跡だけが残る路面に轍を刻みながら原付を走らせる。
時折舞い散る粉雪はぽつりぽつりと灯った街灯の光をぼやけさせ、見慣れたはずの風景を絹のベールで包んでいるかのようだ。
体温と呼気で曇ったシールド越しにT字路が近づいて来るのが見える。
慎重にハンドルを繰りながらゆっくりとブレーキをかけようとしたその刹那、後輪が滑りはじめた。
ブレーキから手を離し重心を移動して体勢を保とうとするが、それを嘲笑うかのように車体の後部は左へと流され、上半身が右へと傾く。
慌てて右足をつこうと試みても、統制を失った躯は言うことを聞かない。
地面が近づいてくる。右手を出そうかと一瞬迷ったが、怪我のリスクを考え二の腕全体での着地を選択する。
エンジン音の隙間から右膝が雪面を掃く音が聞こえる。もはや車体は地面と平行に倒れ、バックミラーが曲がるのと同時に鈍い衝撃に襲われた。
アスファルトの上を転がりながら、手を離れた原付が滑っていくのが見える。放心。
雪化粧が剥げた路面が放つ鈍い光で現実に引き戻された。
幸いにも特に激しい痛みもない。


さあ、バイトへ行こう。