刹那、凍てつく背筋

「解雇」
バイト先に着いた自分の耳に飛び込んできたのは衝撃の一言だった。
度重なる遅刻、やる気のない勤務態度、滑舌の悪さ、足りない頭、失言、などダメ人間さを遺憾なく発揮してきた自分に、遂に引導が渡されたのである。自らの失策により失笑を買いながら失職するとは。身から出た錆とはよく言ったものである。
折りしも今日は月曜日。当てつけがましくこの店の求人情報誌を買い占めて捨て台詞のひとつも吐いて辞めてやろう。
と思ったら違った。
クビになるのは自分ではなく、おばさんのようなおっさんだった。
このおっさん、何かと疑惑が多い。更にその気質から他の店員と馴染むこともなく、自分も前回同じシフトに二人きりで入った際には大して忙しくもないのに四時間で交わした会話が二言といいう驚異的記録を樹立した程である。
詳細なる事由は存ぜぬが、実のところ気に入らない野郎が去ったから、とて諸手を挙げて歓喜するわけにはいかぬのだ。
なんとなればこれ、敵の敵は味方という分かり易い構図が崩れてしまうからであって、嫌われ者が居なくなることによって新たなる火種が勃発、なんてことを平和主義日和見派な自分は危惧するものである。
いやしかしね、自分がこの有限会社と雇用契約を結びたる後、去りゆく者は数あれど解雇っちゅうのは初の事態であって、あまり縁起の良くない初物であることだよ。