読んだ本

グラスウールの城 (新潮文庫)

グラスウールの城 (新潮文庫)

視覚的な風景を描写することももちろんなのですが、音をことばで表現するのはまた違った難しさがあると思うのです。音楽に携わってきた作者ならではの作品と言えるでしょう。この本の後半に所収されているゴーストライターという作品と表題作の主人公はいずれも三十代前半の男性だと思われますが、この二人の恋愛への姿勢は見事なまでに対照的です。電話の声にひと聞き惚れ(?)したのがきっかけで始まった恋なのにもかかわらず明確な理由もないままに彼女を避け続ける音楽プロデューサーと、結婚から離婚まで傀儡の如く為されるがままで未だに元妻の影に怯えるゴーストライター。二人称で書かれていることもあり、知らず知らずのうちに僕は後者の哀れな男を自らに重ねていました。要はヘタレっぷりが他人事には思えなかったわけです。
ただ、今日印象に残った一節はこの本ではなく、梶井基次郎の「城のある町にて」の
風がすこし吹いて、午後であった。
という文でした。
どこをどう気に入ったのかは自分でもわかりません。或いは春らしい陽気のせいかもしれません。
こういう出会いも読書の楽しみのひとつです。