判断してくれ

夜。私は自室で猫と戯れていた。
我が家には数匹の猫がいるのだが、成長するにつれ分別がつくようになってきたおとなの猫より、瞳を輝かせ何にでも興味を示すあどけない仔猫にどうしても目が行ってしまう。
机の上では文房具や蛍光灯に前肢を伸ばし、本棚に飛び移っては辞書や文庫本を倒して遊ぶ姿を見ているだけで頬が緩むのが自分でもわかる。
その時、部屋の隅から奇妙な鳴き声が聞こえた。
私に等閑にされた猫が嫉妬の声をあげたのだろうと振り返ると、カーペットの上に刻んだ高野豆腐が散乱しているのが目に飛び込んできた。
よく見ると豆腐の周りには薄い黄土色の液体が水溜りを作っている。
傍らでは古株の猫が嘔吐していた。
性質の悪いことにその白黒猫は一口分の高野豆腐汁を吐き出すと数歩移動し、喉の奥から搾り出すような声と共に再び胃の内容物を吐き出すという行為を繰り返しているのである。
この調子で吐瀉されたのでは部屋中高野豆腐汁まみれになってしまうので、猫を外に出そうとベランダへ向かった。
抱きかかえてガラス戸を開けるとどうも人の気配を感じる。
見上げると薄緑色の作業服を着た男がベランダに立っていた。どことなくうじきつよしに似ている。
男は作業中であり、決して怪しいものではないという。
工事業者の人間なら安心である。猫をベランダに出し、しばらく様子を見ようと私はしゃがみこんだ。
と、何かがぴちゃっ、と頬に飛んで来た。
手のひらで拭い舐めてみると西瓜のような味がする。
うじきつよしに抗議しようとすると彼は無言で私の背後を指し示した。
いつの間に入り込んだのか、同居している女の交際相手の男が背中を丸めて果実を貪っている。何を食べようと勝手だが、西瓜の種や果汁が撒き散らされるのを黙って見ているわけにはいかない。
私は室内へ戻ると、てめぇ西瓜食い散らかしてんじゃねぇよ、と怒鳴りながら男の肩を掴んだ。
しかし振り返った男の顔に浮かんでいたのは反省でも恐怖でもなく嘲笑だった。
「へっ、これが西瓜だって?」
勝ち誇ったように言う男の右手に握られていたのは、まだ青さの残った林檎であった。
折れそうになる気持ちを何とか支え、私は林檎でも駄目だと声を張り上げた。
しかし男は怯むそぶりも見せずに食べかけの林檎を差し出す。
私は導かれるようにその果実を口に運び、驚愕した。
口に含んだ瞬間に鼻腔を満たす爽やかな酸味と、噛む度に溢れる潤い豊かな果汁。
それは西瓜でも林檎でもなく、紛れもない梨だったのだ。


同居人の女と梨食い男とうじきつよし似の作業員に満場一致で受診を勧められた私は、知人であるFの勤める病院へ来ていた。
待合室には順番待ちの患者が数人ベンチに腰掛けていて、時おり診療室から顔を出す看護師に呼ばれ、一人、また一人と診察室へ消えていく。
ところが私の番はなかなか巡ってこない。それどころか私より後から来院した者が先に呼ばれる始末である。
受付の看護師に尋ねて私にお呼びがかからない理由が判明した。
番号札を取っていなかったのである。
受付は真ん中で二つに分かれており、向かって左側に心療内科、右側に精神科と書かれている。
精神科という字面に抵抗を感じた私は左側の受付に設置されている装置から番号札を受け取った。札に印字された番号によると私の前に待っているのは一人だけのようだ。
程なくして名前を呼ばれた私は診察室へと向かった。が、左側のドアを開けようとする私に看護師はあなたはあちらです、と言ったのだ。
渋りながらも精神科のドアを開けると、そこは診察室とは名ばかりで六畳ほどのスペースに白いベッドが置かれているだけの空間であった。
医師が来る様子もないのでベッドに腰かけて待つことにする。さっきの看護師が一度入ってきたが、点滴しますんでと言い残したきり二、三十分の時が流れた。
何だか自分がいい加減な扱いを受けているように思い苛々を募らせていると、奥のドアから看護師が入ってきた。しかし受付や待合室にいた看護師が着ていたのは純白の白衣だったのに対し、その看護師が身に纏っていたのは薄桃色のナース服なのである。
女は無言で私の隣に座ると上目遣いで私に視線を送ってきた。
大きく開いた胸元から谷間が見える。化粧も看護師らしからぬ派手さでまるで水商売の女のようだ。
困惑していると待合室側のドアが開きFが顔を覗かせた。Fもまた、普段からは考えられないような濃い化粧を施していた。救いの女神の降臨かと安堵の溜息を吐く暇もなく、彼女は、あ、いないのか、とひとりごちると私には一瞥もくれずにドアを閉めてしまった。
精神科の診察室でお色気ナースと二人きりという異様な状況を一刻も早く打開したいと祈るような気持ちでいると、今度は男性看護師二人が入ってきた。
室内にはいつの間にか会議室にあるような長机とパイプ椅子が用意されていた。彼らに続き数人の看護師が入室し、次々と着席する。その中にはFの姿もあった。
最後に入ってきたのは四十代の男であった。
男は奥の席に座るとゆっくりと辺りを見回し、点呼を取り始めた。
「偵察いる?測量は?えっと、うん、警備はいるね。通信は?あれ?君?」
全員の視線が私に集まった。事態を飲み込めないまま、違いますと答える。
男はそうか、と言い、通信は?と隣の若い男に尋ねたが、彼は首を横に振るばかりだった。
その時、勢いよくドアが開き一人の男が飛び込んできた。全員の表情が緩んだことから判断するに、彼が通信なのだろう。
かれは叫んだ。
「日本が負けました!」


翌日のナムコットスポーツにはサッカーの日本対イタリア戦の結果が掲載されていた。
日本 1-2 イタリア
得点者 日 井上(前半23分)
     伊 ヴィエリ(前半19分)、F.インザーギ(後半32分)


以上、今朝見た夢でした。