フランソワ

家で大相撲観戦。朝青龍白鵬は強さを見せつけるかのように勝利し、魁皇は土俵際で運良く白星を拾った。勢いの差が克明に現れた六日目の土俵であった。
六時からはニュースにチャンネルを合わせる。地元のニュースは楽天イーグルスの特集を組んでいた。キーナートGMのインタビューを見つつ来るべき春に思いを馳せる。
ここまでは日常的な平日の夜であった。ところが。ネットの気象情報を見て明日からの雪を憂いていると、玄関の方から水の滴る音。はて、予報では降り始めは明日の明け方とのことだったが低気圧の北上が早まったのかとカーテンを開けて窓外に目をやると土砂降りどころか地面も乾いている。そもそもこの時期なら雨ではなく雪が降るはずである。訝りつつ玄関へ行ってみると果たして水はかなりの勢いで降り注いでおり、ただ決定的に雨とは異なることにはそれが天上ではなく天井から落ちて来ているのであった。三和土は水浸しで漏電遮断機からの雫が一定のリズムを刻んでいる。驚嘆しながら玄関のすぐ脇にあるユニットバスの扉を開くとそこは豪雨。水は見たところ透明ではあるものの香料の匂いが漂い湯気までたっている。さては階上の住人が風呂場の湯を漏らしやがったな、と頭上を睨む。しかし睨んでいても水勢は衰えるはずもなく、ここはひとつ即刻怒鳴り込んでガツンと言ってやらねばなるまいと健康サンダルを突っかけ202号室の前へ。ところが呼び鈴を鳴らせど応答がない。それもそのはず、湯が流れている間は住人は風呂場にいるのである。ベルの音など聞こえないかもしれないし、縦んば訪問者に気付いたとしても全裸若しくはバスタオル一枚を身に纏った状態でドアを開けなければならない。これが女性であればこちらも歓迎しないではないが、この部屋の住人は一人暮らしの男子大学生であり、私はそっちの気は持ち合わせていないのでセクシーに迫られても迷惑千万。かといって何が哀しくて寒空の下で野郎が風呂から出るのを待ち惚けなければならんのだ。ってわけで出直そう、て部屋に戻る。そして胡座をかいて待機。しているとこれは直接アパートの管理会社に連絡した方が得策か、将又弁護士に相談して訴訟を起こし賠償金をせしめてやろうかなどと余計な考えが脳髄を巡り、そのうちに水音が止んだので再び階上へ。が、この頃には怒髪は寝癖程度にしか立っておらず怒りも心頭から早々に撤退しており、当事者との対面は叶ったものの怒鳴るどころかですます調で事態の報告をし、今後の対応について相談するような有様で終いには電話しときますね、という相手に対しお願いしますなどと捨て台詞とは到底呼べない一言を残して帰宅してしまった。うちの父親は怒鳴り込むとか直談判とか怯まず相手に向かっていくのが得意であるのになぜそれは遺伝しなかったのかとDNAを恨んだりしてお門違い。いやいや平和な夕べに水を差されちゃったよって上手いこと言ってもしょうがない。