芯打

芸に憧れる。
ギターを抱え路上で歌う少年やゲーセンのノートにイラストを描く少女から、作家、音楽家、役者に至るまで自らの肉体、頭脳をもって作品を作り上げる人々。
表現者と言っても良いかもしれない。表現への欲求は程度の差こそあれ、誰しも抱いていよう。
芸をもって身を立て、その道を追究し続ける生き方には敬意を覚えずにはいられない。
もって生まれた資質に弛まぬ研鑽を重ね、挫折を味わい不遇の時代を乗り越え遂に名を成す、
なんてのは偉人伝のお約束のパターンではあるがやはり惹かれてしまう。


その中で文字通り、芸人、と呼ばれる表現者たちがいる。
漫才、コント、マジックなど現在ブームの渦中にある若手芸人も好きなのだが
敢えて順位をつけるなら私は咄家を筆頭に挙げる。
何も考えずに笑える小手先の芸は確かに気軽に見られるし、外見や動きも派手な方が目を引くというのも頷ける。
少なくとも我々の世代では落語家といえば笑点が真っ先に思い浮かぶというのが現実であろう。
しかしもう少し落語に光が当っても良いと思うのは私だけではないはず。
テレビで見た落語が面白くなかったのはのはその咄家がつまらなかったからである。
本物の芸に触れてほしい。あの独特の味は一度噛み締めたら病みつきになる。
座布団一枚の宇宙。蓋し名言である。
お笑いライブもいいけれどたまには寄席に足を運んでみてはいかが?学生なら木戸銭も安くなるし。